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福岡高等裁判所 昭和47年(う)179号 判決 1973年3月14日

主文

本件各控訴を棄却する。

理由

本件控訴の趣意は、弁護人谷川宮太郎提出の控訴趣意書に記載のとおりであり、これに対する答弁は、福岡高等検察庁検察官検事森崎猛提出の答弁書に記載のとおりであるから、いずれもこれを引用し、これに対する判断は、次に示すとおりである。

<中略>

第三、被告人園木茂夫に対する防音壁設置抗議行動に際して行なわれた不退去被告事件関係

弁護人の控訴趣意

所論は要するに、福岡市議会議場に設置された防音壁は、議事公開の原則に反し住民自治の精神に著しく反する極めて不合理なものである。地区労が市議会議長に対しその撤去の要求に立ち上つたのは至極当然の運動であり、地方自治の本旨を実現するため、地区労が防音壁の撤去を求めることは正当な組合活動であるばかりでなく、石村議長は地区労との交渉で、本件当日の会談を約束していたのである。被告人がこの約束に基づき石村議長との会談を求めて本件廊下に滞留したことは、正当な行為である。仮りにそうでないとしても、本件の具体的経過と態様に照らして可罰的違法性を欠くものである。しかるに原判決はこれを違法な滞留と判断したのであつて、法令適用の誤りがあり、また、地区労の組合員や全生連の会員らによつて石村議長が自民党議員控室から出られないようにした事実はなく、同議長が控室外に出られなかつたのは、自民党議員からかん詰状態にされたためである。被告人は退去命令が出された事実は知らなかつたのであり、地区労の組合員や全生連をも含めて、被告人がこれを指揮し「その場に坐りこめ、全責任は俺がもつ」と指示した事実はない。また地区労の組合員は警察官によつて排除されたのではなく、松田留吉の指揮によつて自発的に退去したのである。原判決はこれらの事実を誤認した違法があり、前記のごとく法令の適用の誤りもあり、原判決は破棄を免れ難い、というのである。

検察官の答弁

原審に現れた各証拠によると、被告人園木茂夫の行為が不退去罪を構成することは明らかである。本件退去命令が発せられるまでの経過、右命令の前後にまたがる同被告人の行動等を総合して考察すると同被告人の行為が社会的相当性を有する、或は、可罰的違法性を欠く等、犯罪を阻却する事由は認められない。弁護人の主張は理由がない、というのである。

案ずるに、原判決挙示の証拠中「第三の事実につき」「第三の一の事実につき」「第三の二の事実につき」として引用する証拠によると、原判決事実理由中第三の事実を認め得るところである。右証拠のうち被告人の検察官に対する昭和四一年四月二〇日付供述調書によると、被告人は同年三月三〇日地区労の組合員多数と共に福岡市役所新館四階の議員控室前の廊下で坐り込みを続けていた際、同日午後四時近くになつた頃、同市管財課長佐本敏郎から直接口頭で退去勧告を受け、次いでその後一〇分位して佐本管財課長外市職員一〇名位が模造紙二枚に書いたものを持つて来て階段近くの部屋の壁に掲示し、市の職員がマイクで立ち退いてもらいたいと放送し、模造紙に書かれたものは退去命令と思つたが、これに対して応じる気持は無かつた、そのうちに警察官が来て排除にかかつたので、私はマイクで組合員らに坐れと指示してその場に坐らした趣旨を述べており、この供述は原審証人佐本敏郎、同鵜野昭彦、同本田忠、同田口俊夫の各供述、司法巡査田口俊夫作成の写真撮影報告書とよく符合するところであつて、右退去命令は被告人園木茂夫を始め地区労の組合員らに十分に徹底し、同被告人がこれを十分に知つていた事実ならびに警察官が現場に到来した後においても被告人が組合員らを指揮して坐り込みを続けさせた事実を肯定し得るところである。原審証人松田留吉の供述によると、警察官が来たので、地区労の動員者を市役所新館東側階段から玄関の方に自主的に移動させた旨述べているが、司法巡査田口俊夫作成の前記写真撮影報告書、同八尋光保作成の写真撮影報告書、原審証人田中晃、同八尋光保、同田口俊夫の各供述、被告人の検察官に対する前記供述調書を総合すると、前記退去命令に応じないで坐り込みを続けていた多数の前記組合員らが、同日午後四時三〇分頃から警察官により実力行使をもつて排除された事実を認め得るところであつて、右証人松田留吉の証言は果して真実を伝えているものであるか疑いなしとしない。仮りに真実を伝えているとしても、松田留吉と共に任意退出した者は極く限られた一部の者に過ぎなかつたとしか認められないところであり、他に被告人らが任意に退出した事実を認め得る証拠はない。

さて、被告人が前叙のごとく地区労の組合員多数を指揮し、これと共に議員控室前廊下において坐り込みを続けた目的は、福岡市議会議場内に設置された防音壁の撤去を求めるため、福岡市議会議長石村貞雄との面談を実現するにあつたのである。ところで市議会の議事は秘密会でない限り住民一般に公開されなければならないものであり、右防音壁があるため傍聴者が十分な傍聴を行なうことができず、議事の内容やその進行状況を認知することを妨げるものであるときは、公開の原則に反するものであるか若しくはその虞のあるもので、違法な措置であることを疑わせるものである。しかるときは福岡市の住民が市議会に対し右防音壁の撤去を要求することを不当とするべき理由はない。しかし、福岡市内の労働者をもつて組織する地区労ないしその傘下の多数の組合員がその名において福岡市議会に対し右防音壁の撤去を要求するため同市議会議長と交渉することが、果して所論主張のごとく正当な組合活動といい得るかは、労働者の経済的地位の向上を図るため使用者と対等な立場に立つて団体交渉その他の団体行動を行うことを本来の目的とする労働組合の法律上の性格に照らして考えるとき、極めて疑わしいといわねばならない。市議会に対し、防音壁の撤去を求めて交渉を行うことが、市住民の市議会傍聴の権利を守り、そのことが引いては市住民の福祉に連なり、めぐりめぐつて地域住民の一部をなす地区労所属の労働者の地位の向上にも役立つことであるとの推論は、余りにも迂遠なもつて回つた論理であつて、労働組合の目的をかように拡張し拡大して解釈することは法の適正妥当な解釈態度ということはできないであろう。もとより、労働組合といえどもその本来の目的を達成するために或程度地方自治に対しても政治的活動が許されるとしても、かかる法理は労働組合の本来の目的達成上密接な関係がある場合に限つて適用されるべきであつて、本件の防音壁撤去の交渉のごとき極めて迂遠なものにまで拡大して適用されるべき法理ではない。論旨が三菱美唄事件の最高裁判所大法廷判決として引用する同裁判所昭和四三年一二月四日大法廷判決(刑集二二巻一三号一四二五頁)は、労働組合が組合員のその居住地域の生活環境の改善その他生活向上を図るうえに役立たしめるため、その利益代表を議会に送るため選挙活動を行ない、その一策として統一候補を決定し、組合を挙げてその選挙運動を推進することを、組合の活動として許されない訳のものではないとの判断が示されているものであつて、本件とは労働組合の行なおうとする政治活動ないし社会活動と労働組合の本来の目的との関連の程度その他事案の態様を異にし、本件に適切な先例ということはできないものである。

さらに、前記石村市議会議長が、被告人との会談を約束していた事実を肯定し得るところであるが、果して同議長が会談を約束した趣旨が、地区労の組合員約二〇〇名の多数が押しかけて来て、その集団の圧力を背景としたいわば集団交渉ともいうべき会談を予定していたか否か甚だ疑わしく、同議長の意思は寧ろ被告人園木茂夫の単独または地区労の主だつた者ら数名を交えた程度の極く限られた数の者との会談折衝を予定して約束したものと解するが相当であろう。しかしその点はとも角として、石村議長との約束があつても、被告人園木茂夫が組合員多数を指揮しこれと共に議員控室前の廊下に長時間に亘つて屯し、福岡市長および右市議会議長からの退去要求があつた後もこれに応じないで坐り込みを続けたことまで適法化し得るものではない。また被告人園木茂夫が、全生連の中に紛れこんでいる組合員を呼び戻して退場させるため留つていた事実を認め得る証拠もない。結局、被告人園木茂夫が多数の組合員らを正当な理由もなく、長時間に亘つて議員控室前の廊下に屯させ、退去を要求された後も右組合員や全生連の者多数を指揮してこれらと共に坐り込みを続けた行為の違法性を阻却する事由はなく、また、前叙のごとき坐り込みを続けた目的の点からも、地区労の組合員多数が全生連の者を交えて長時間に亘り右廊下に屯し坐り込みを続けて、他の者の通行を阻んだ、手段方法の点からも、また長時間に亘り石村議長をして議員控室からの出入を極めて困難ならしめた等の行為の結果の重大さ等から考察しても、不退去罪の構成要件の予定する可罰的違法性を欠ぐものと考えることはできない。

これを要するに、原判決には所論主張のごとき、事実誤認の違法ならびに法令適用を誤つた違法はなく、論旨は理由がない。<以下略>

(中村荘十郎 真庭春夫 仲江利政)

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